義兄と私 ―Conclusion―


結局、多少譲歩できる時もあるが、基本的に跡部景吾という人は
義妹の扱いがなっちゃいない、と思う。

しかしそれでも私は今は跡部さんちの子なのであり、この人と
当分はやっていかねばならんのである。

例えその間にどれだけ馬鹿だの阿呆だの言われよーと。



で、今日もいつものように一日が始まる。

「私まで起こすなって言うてるやんっっ!!」
「さっさと起きやがれ、ネボスケ女。」
「おい…」
「5分だ、後5分で着替えて下に降りて来い。」

スタスタ バタンッ

私はドアの向こうに消えた義兄に向かって親指を下にした。

どうやら本気で憎くて私をバカ呼ばわりするんじゃないらしーことは
わかってきたものの、義兄の態度は相変わらずだった。

朝になればでかい態度で私を叩き起こし、何かにつけては私を怒らせて反応を楽しみ、
放課後は待たせて一緒に帰宅する。
強制的に自分の用事に付き合わすのは勿論、面倒くさいことはすぐ私に手伝わせる。

最近一番困るのは、私がちょっとでも鳳や忍足さんなど他の男子と話していたら
不機嫌になることだが。

「ほぉ、ちゃんと5分以内で来たのか。」

着替えて食堂に降りてきた私を、義兄はいつもの優越感に満ちた笑みで迎えた。
…もっと爽やかに笑えんのか、アンタは。

「失敬な、私かてちゃんとやるもん。」
「ネクタイが裏表逆だ、バーカ。」
「はうっ…!!」

しまった。私の阿呆。

「しょうがねぇ奴だな、おら、こっち来い。」
「おわーお!いきなし引っ張らんといてよ!」
「じっとしてろ。」

言って義兄は私の制服のネクタイを解き、結びなおす。
私はじっとしてそんな義兄を見つめている。

、」
「んー、何?」
「今日は部活の後で公園のテニスコートに行く。」
「いってらっしゃい。」
「忍足みたいなボケをすんじゃねー。」

義兄は顔をしかめて私のネクタイをキュッと引いた。

「お前も来るんだよ。いいか、正門で待ってろ。」
「私に選択権は…ないんか、んなもん。」
「わかってんじゃねーか。」

義兄は私のネクタイを結び終えると、コツンと額を指ではじいてきた。

「勝手に帰ったら只じゃおかねーからな。」



朝食を済ませて家を出るとこれまたいつもどおり門の前で待っている樺地と
一緒になって3人で学校に行く。

義兄はやっぱり樺地とばかり話すが、合間合間に私がちゃんと来ているかどうか、
自分の後ろをチェックしていることに気がついたのはつい最近のことだ。

妙な人である。

日頃私のことをけなしまくるくせに、結局自分の目の届くところに私がいないと
面白くないのだ。
過去のことも関係して、案外寂しがりなのかもしれない。

それならそれでいいだろう。
本気で憎まれている訳ではないことはわかっているし、手間は掛かるが
私でよければしばらくはこちらさんの視認できる範囲に
留まってやろうと思う。

?」
「ちゃんとおるけど。」
「フン、俺様に気配を感じさせねぇとは進歩したな。」
「気配なんか消してない消してない。寝ぼけながら歩いとうだけ。」
「どーりで、お前が寝ぼけ眼で屋上にいる時は探しにくいと思ったぜ。」

どこまでムカつくこと言うんや。こいつは絶対口から先に生まれたに違いない。

「言うとくけどな、にーさん。」

私はムッとして言った。

「毎日毎日ここまで言われて側におるのは私ぐらいのもんやで。」
「バカか、お前は。いや、『か』はいらねぇな。」

何や、その失敬な言いようは。

「俺様に心酔してる女なら何したって地の果てまで来るに決まってんだろが。
自惚れんな。」

………………………こいつは。

「そんなら私はいらんな、去らしてもらうわ。」

スタスタスタ グワシッ

「………あの、にーさん?」

義兄達を追い越そうとしていた私は恐る恐る背後を振り返った。

「私の首根っこが掴まれて動けない、という状況は一体どういう了見なんでしょ?」

問うと私はまた義兄にバカ呼ばわりされた。

「決まってんだろ。バカ妹と完璧な兄貴の立場の違いだ。」
「…この水仙の化身が。」
「遠まわしにナルシスト呼ばわりすんじゃねぇ。お前に言われると余計に
むかつくんだよ。」
「なっ…」

私が反論しようとすると、馬鹿でかい人影がそれを遮った。

「早くしないと…遅れます。」

樺地よ、付き合い長いんだったらこの兄貴を一言嗜めたってくれ…。
頼むから。

で、何やかんやで3人とも学校に着く。

正門をくぐると前方を鳳が歩いているのを見つけた。

「おーい、鳳ー!」

私が呼ぶと、鳳が振り返る。

あ、義兄殿がしかめっ面してるよ。でも今は無視。
鳳は小走りにこっちに来た。

「お早う、跡部妹に樺地。あ、部長もお早う御座います。」
「おい、鳳。てめぇ俺様の妹の名前も覚えられねーのか。」
「お言葉ですが部長、確か妹さんを『』って呼んだらお怒りになったのは
ついちょっと前ですよ…」

おいおい、そんな話初耳だぞ、私は。

鳳に言われて義兄はチッ、そーだったかとブツブツ呟いた。

「おい、。」

あ、決まり悪くなってこっちに話を振ってる。

「放課後、忘れんなよ。」
「善処します。」
「俺様の命令は絶対だ。」
「へいへい。」
「行くぞ、樺地」
「ウス。」

義兄は樺地と一緒にさっさとテニスコートへ行ってしまった。

「結局、あれなんだな。」

後に残っていた鳳が言った。

「跡部部長、お前のこと好きなんだな。」
「らしーな。」
「お前は?」
「そーやな…」

私はちょっとの間考えてこう言った。

「まー、あのにーさんなら当分近くにおったってもええやろ。」
「言ってあげればいいのに。」
「冗談やない。」

私は言い切った。

「恥ずかしくて言えへんわ。」

鳳は苦笑して、ふと私の手を見た。

「なあ、お前その水筒…」
「ん?あ゛ーーーーーーーーーーーーっ!!!

氷帝学園の静かな敷地に私の絶叫が響き渡る。

「水筒預かったまま渡すの忘れてたーーー!!!!」
「急いだ方がいいぞ、きっと今頃気がついてカンカンだ!」
「うわー、ヤバいー!!」

私は大慌てで義兄の後を追った。

義兄も丁度同じ時に気がついていたらしく、私がやってくると

「やっぱりか、このバカ。」

という一言をくれた。

「お前に用事を言いつけると必ず一回はポカがあんな。」
「うぅ…」
「でもまぁいい。」
「?」

義兄は私の髪をクシャッとかき回した。

「俺より先に逝くんじゃなきゃ、それでいい。」
「逝かへんよ、大丈夫。」

私は請合った。

「だってにーさんをほっといたら世界中の女の人が迷惑するからな!」
「このっ…人が優しくしてやってんのにふざけやがって!!」
「ふざけてへんもーん、事実やもーん!」
「てめぇっ、後で覚えてろ!!たっぷり後悔させてやる!!」

義兄の怒鳴り声を尻目に、私はその場から高速で逃げた。

まー、結局何だかんだ言ったって私は義兄とのこんな生活をそれなりに
楽しんでいる、ということだ。
義兄もはっきりと言う事は少ないが、似たようなことを考えているのは
間違いがないことで。

義兄に乱された髪の毛を直しながら、私はそういう風に結論することに決めた。



とゆーわけで、私と義兄・景吾の日常生活はどうだっただろうか。

何なんだ、この中途半端な終わり方は、と思われるだろう。
本当は私だってもっと色々書きたかったんである。

義兄の愛馬のエリザベート(名前は間違いなくハプスブルグ家の姫さんか
ら来ていると思う)のこととか、
近所から『あとベッキンガム宮殿』などと呼ばれてしまっている家の詳細とか、
義兄がストリートテニスコートで女の子を無理矢理ナンパしようとして
(橘さん、こんな義兄で御免!!)
現場に出くわした私が思わず鞄で義兄の頭をどついてしまった話とか、
とにかく沢山書きたいことがあった。

しかし、折悪しく私のパソコンのOSが妄想して、データがすっ飛んでしまったんである。

…バックアップを取り忘れた私も相当間抜けだとは思うが。
今までお目にかけたのは私がバックアップをちゃんと取っておいた分と、
学校のパソコン室でこっそり打ってた分である。

そんな訳で何とも形になっていないものが出来てしまったがケリは
きちんとつけるべきと考え、私は今これを書いている。

とか書いてたら義兄殿がお呼びだ。こっちは書いている最中なのに。
さっさと行かないとまた面倒なのでもうここでペンを、じゃなかった、
キーボードを置くことにする。

とにかく、私のこの随筆もどきはこれでおしまいだ。

ここまで読んでくれた皆さん、本当に有り難う。

ほな、さよーなら。

The End

Thank you for your reading!!

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